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2005年11月 1日 (火曜日)

李禹煥「余白の芸術」展と「作者の死」

現在、横浜美術館で行われている、李禹煥(リ・ウファン)「余白の芸術」展に行ってきました。

今回のエントリーは、この展覧会の感想と、本日の就職活動報告といった内容です。

横浜美術館に着いたのは、12時半ころ。平日であったため、お客さんの入りはほとんどなく、ゆったりと作品を鑑賞することができました。(「ルーブル美術館」展の時の混みようはすごかった…)。

今回の企画展で取り上げられているのは、李禹煥という韓国出身のアーティストで、「もの派」と呼ばれる美術運動の担い手として、名を馳せています。

横浜美術館の企画展紹介ページや、「『もの派』の人々 李禹煥インタヴュー」といったサイトで、プロフィールやインタヴューが公開されているので、李禹煥について基本的なことを知りたい方は、そちらを参照して下さい。

さて、彼の経歴の中で僕の目留まったのが、-作品のコンセプトにも影響を及ぼしていますが-、大学生のときに、日本大学の文学部哲学科に属し、そこで、ハイデッカーやニーチェなどを学んでいたことです。

近代西洋の思想への批判の嚆矢としてみなされるニーチェ。主著『存在と時間』において、ヨーロッパの存在概念をラディカルに問い直したハイデッカー。この二人によって進められた、脱・近代、脱・西洋の思想の影響が、李禹煥の作品に対するコンセプトに見られます。

横浜美術館の展覧会紹介ページでは、彼の作品に対するコンセプトを以下のように説明しています。

「作らない」で「作る」こと。李禹煥は、このむずかしい課題に、30年以上もとり組んできたのです。それではなぜ「作らない」で「作る」ことが課題となるのでしょうか。 李禹煥は、作品を通して開かれる世界の神秘が、あくまで、その作品を作った作者によって導かれることに疑いのまなざしを向けます。少しむずかしい言い方をすれば、李禹煥は西洋の近代美術やこれに影響された日本の近代美術に、作者という名の「主体」の中心主義を認め、制作を通してこれをきびしく批判してきました。作品を作者による導きからできるだけ解き放ち、世界の未知性との出会いをよりストレートにもたらすにはどうしたらよいのか。この問いに答えるために、李禹煥の作品では「作らないこと」「作らない部分」が大切にされるのです。

「作者という名の『主体』の中心主義」に対する批判、つまり、「作者の死」が、李禹煥のコンセプトなのです。「作者の死」は、李独自の考えではなく、1960年代以降の芸術や批評では、ありふれた考えであります。(菅原教夫著『現代アートとは何か』では、現代思想とアートの関係について、簡略な説明がなされているので、興味のあるか方には、一読することをお勧めいたします。)

企画展の最後では、李禹煥氏のインタヴューが収められているビデオが流されていて、その中で彼は、作品の製作を、「自分とずらす行為」などとして説明しています。

作品へのキャプションでは、「反復」、「差異」といった、(フランス)現代思想の特徴的なタームが用い、李氏の美術史における位置づけなどを規定しています。

さて、ここで僕が疑問に思ったのは、「脱・近代、脱・西洋といった考えは、(少なくとも現代では)目新しいものではない。では、李禹煥の今日的意味は何か?また当時、彼が美術運動に与えたインパクトはどういったものなのか」ということです。

どちらも、現時点での僕の力量では答えを出すことはできませんが、今後も考え続けてみたいと思います。

以上、「余白の芸術」展についてでしたが、僕はこの企画展よりも、現在、公開されている横浜美術館のコレクション展の方に興味を持ちました。ホロコースト関係で有名な、クリスチャン・ボルタルスキーの作品や、ウォーホル、メイプルソープ、アラーキーの写真などが数点、公開されています。


明後日、11月3日は、横浜美術館の開館記念日で、なんと入場無料とのことです。時間がある方、現在開催されている横浜トリエンナーレと合わせて鑑賞すると面白いかもしれません。

■日記□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

・11月1日(火曜日)
早朝バイトのために、午前3時半に起床。
今日は電車で移動中、何度かオチてしまいました。

横浜美術館に行った後、就職活動で初めての業界セミナーに参加。
情報処理サービス業界についての知識を得ることができました。
「就職活動やってるぜ!」という気分になれてハッピー。

19時からはゼミです。
眠いです。
今夜は早めに寝ようと思います。
  
■pick up news□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

アマゾン、ネットで「立ち読み」・きょう開始
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?i=20051101ba001ba

こりゃ便利だ。
思いつきですが、本屋の長所である、「全体をなんとな~くブラウズできる」に似たような機能をつければ、ますます便利になりますよね~。いずれ出そうな予感がします。

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コメント

TBありがとうございます。はじめまして、ふみと申します。どうも横浜行けそうにないので柴田さんの記事ありがたいです。日程合えば国際美術館の公開制作みたいなあと思ってますがまだわかりません。

投稿: ふみ | 2005年11月 1日 (火曜日) 21:14

>ふみさん

コメントありがとうございます!

横浜での制作のもようは、ビデオで上映されていました。石とか運ぶの大変そうでした…。

投稿: しばた | 2005年11月 2日 (水曜日) 10:02

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 僕の場合はまだ、かなりある面では古い人間なので、従来の美術のやり方や制度を踏まえた上で、やっていますから、それなりに、なんだか知らないけど、日常性とは若干違うとか、なんだか変な感じだとかというのがある。  しかし、若い層になってくると、どんどん普段の何....... [続きを読む]

受信: 2005年11月 3日 (木曜日) 10:42

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新聞の文化欄も大変勉強になる。ハイデッカーのヘルダーリンの詩への評価:「ここの隠されているものを目の辺りにするには未だ充分に一世紀ぐらいの時が必要か」の一節に出会った。なるほど、FAZ編集者ディートマー・ダートの記事は、大連立危しから再びジャマイカ連立考察へと振れたジャーナリズムのここ数日の気分を良く示している。 多くの賢明な読者は、直感的に環境政党緑の党と保守政党CDU&CSUの相性の良さに気が付い�... [続きを読む]

受信: 2005年11月11日 (金曜日) 05:49

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